思い出すために

いつか全てを忘れても。

ゆずかはゆずかです

大阪公演が終わり、東京公演もすぐ始まるけど、東京公演の前に感動が薄れないうちに、概念しかないけれど一旦感想を書いておく。

前のブログにも書いたけど、コンサートが始まる前は怖くてしょうがなかった。

yukarix.hatenablog.jp

 

 

でも実際にコンサートに参加したら、その不安を忘れるくらい楽しかったよねー!

思えば、大劇場のお披露目「はいからさんが通る」の初日でも、休演明けのどの公演でも、構えてしまうこちらに対し、舞台上の光さんはいつも堂々としてナチュラルだった。

コンサートを不安に感じていた自分が恥ずかしくなるほど、柚香光という人の軸は揺るがず、私の想像以上に強く優しく美しい人だった。

 

何よりコンサートでは新しい部分や新たな魅力を感じる瞬間がたくさんあったけど、光ちゃんの根本的な部分は私が好きになった頃の柚香光のままで、とにかく懐かしさを感じる瞬間が幾度もあってさ~

 

退団公演の頃は特に痩せて大人びて見え、その頃に比べるとだいぶ健康的になった(それでも細いが)ので最初は若返ったなと思っていたけど、MCを見ていると若返ったというよりも全体的に下級生や2番手頃の光ちゃんを感じたんだよね。

トップになってから、特に後半期は本当に立派になり、言葉や振る舞いも選びに選んで発信していた印象があった。

その立派な姿が誇らしいと思う一方で、私が好きになったきっかけは下級生の光ちゃんの姿だったので、成長とともにその姿が見れなくなったことに一抹の寂しさを感じていた。

しかし、それは消えたわけではなく、ずっと内側に隠れていただけだったのだと思ったら、泣けて泣けて仕方なかった。

本当にトップさんに言うようなことではないけど、今まで本当に頑張ってきたんだね、お帰りなさいと言葉をかけたくなった。

 

演出の小林さんが対談などで、退団後初めてのコンサートは外界にはじめて飛び出すタカラジェンヌがうまく羽ばたけるようにお手伝いをするものと言っていたように、すごく考えられた構成で、何より人に対する愛が感じられた。

序盤は音楽も衣装もかっこよく、宝塚のナンバーは懐かしく、そして中盤の女性版のフラメンコのインパクトからラストまで怒涛のまさに今の柚香が爆発するようなたたみかけからの、ラスト客席の一体感をピークに持っていく構成が本当に素晴らしかった。

 

衣装も徐々に目を慣らしていって、最後にあの背中開きドレスを持ってくるというファンへの配慮(笑)

でもあの白ドレス、ネットニュースでゲネ写真を見た友人に「露出すごくない!?大丈夫!?」って言われたけど、

そもそもれいちゃん男役にしては露出をすることに全く抵抗がなく、現役時から程度にもよるけど大盤振る舞いだった気がするので、私は思ったより抵抗がなく(笑)

 

そもそもれいちゃんは男役にしては露出に全く抵抗がなく、現役時から程度にもよるが大盤振る舞いだった気がするので、私は思ったより抵抗がなかった。

個人的には前半の黒いスーツの方が私は結構おおっ!と思って。

私は根っからのスタイル・骨格厨なので、男役のスーツスタイルにはこだわりがあり、特に骨格や等身バランス、何より腰回りにうるさい人間だったが、男役の光ちゃんは本当にすべてが理想で、特にスーツのジャケットを脱いだベストだけの姿になったときの肩から足先までまっすぐと一直線になるシルエットが本当に好きだった。

 

今回、序盤のかっこいいナンバーや宝塚の曲を歌うときは黒スーツ、濃いグリーンのスーツで最低限の補正はしていたけれど、黒スーツの衣装の時は当たり前だが男役の補正をしておらず、ちゃんとくびれがあり、私が大好きだった男役のシルエットとは違っていた。

後半の赤いドレスや白の背中が開いたドレスよりもずっと「これは宝塚男役ではなく、柚香光のコンサートなんだよ」とストレートに言われたような気がした。

でもそれがすごく自分にはありがたかったというか。

純粋に宝塚の頃の延長戦、男役の焼き直しをされたら、私はもっと暴れて受け入れられなかった可能性がある(笑)

男役という場に立たされたら、どんなに魅力があっても現役時代、そして現役生には勝てないので。

それは良しあしとか好みではなく、現役生とOGは明確に違って、本当に不思議なんだけど肌の上に1枚ベールをまとっているような生身の人間とは浮世離れして見えてやっぱりタカラジェンヌって夢を売るフェアリーなんだな~とそのたびに思う。

 

柚香光さんは宝塚時代から身体表現としてのダンスも芝居も歌も、感情が伝わりやすいを通り越してこちらにダイレクトに流れてくる時があった。

それは宝塚・男役ではなくなってからも健在で、むしろそのベールや神聖さがなくなった今の柚香光になってからの方が顕著のような気がする。
特にChandelierは裸足なのはもちろん、タイツもドーランも塗っていないであろう肌の質感が美しいのにすごく人間の「せい、いのち」を感じて本当にそれが人間としてとても美しい。

そしてレ・ミゼラブルの「夢破れて」を歌うとき、曲に関して「女性としても母としても人間としてもどん底にいるけれど、ファンティーヌはそれでも人間は美しいと、人間の尊厳はそんなことでは奪えないと思っていたのではないか」それほど美しい旋律が裏に流れている。

というようなお話をされていて人の解釈はそれぞれというけれど、そう感じた光ちゃんはその人間の強さやままならなさ、苦しみ憎しみを含め様々な感情を持つ生々しい心を美しいと思っている人なんだなと。

 

でもさーコンサート内でも「踊」や「Born This Way」のリズムの刻み方、音楽を表現するセンスは宝塚時代と変わってなくてさー!!もう好きすぎる!!ってなるので本当に今回のコンサートは絶妙なバランスだったな。。。

 

 

小林香さんは退団したタカラジェンヌからは妖精の粉が見えると言っていた。

大阪公演の最初の頃、確かにその粉が見えたこともあったけど、大阪公演後半では私には特に妖精の粉のようなものは見えなくなり、そこに存在するのは紛れもなく生身の人間の柚香光だった。

しかし、たとえ妖精の粉が見えたとしても、私がこの人を好きなのはずっと変わらないと思えたのが何よりも嬉しかった。

 

コンサートの中で曲間・衣装替えの際に、コンサートの前に収録したであろうインタビューが差し込まれるシーンがあった。

「宝塚時代と今で変わったことは」という問いにれいちゃんは「ゆずかはゆずか*1です、それは変わらないです」と答えていて、なんかそれがすべてなんだな。

 

宝塚でも、男役でも、今現在も、柚香光が柚香光であることは何も変わらないのだと。

宝塚でも他の舞台でも柚香光の面影を探し、山崎まさよし状態*2だったが、本人を見てしまったら本当にこの人の代わりなんてどこにも存在しておらず、宝塚でも男役でもない、この人が持っているものを私は好きになったのだと。

 

 

でも私は何より舞台として宝塚が好きで、光さんと出会い好きになったきっかけは宝塚で生まれた男役の"柚香光"で、私がその男役の柚香光を本当に好きだったことは変わらない。

 

しかし、コンサートを経て宝塚の男役の柚香光と今の柚香光は比べるものではなく、どちらが良い、好きかという順位をつけるものではないと自分の中で区切りがついたように思う。

コンサートで宝塚ではない、男役ではない柚香光を初めて見て、本当の意味であの私が大好きだったあの姿をもう二度と見ることはないのだろうなと思った時から、私の中で男役の柚香光は殿堂入りし、大切に思い出の中にしまって、また新たな気持ちでこれからの柚香光さんを素直に応援していけるのだと思う。

 

 

大阪公演で特に印象に残っているのは13日の公演。

ゲスト回も無事終了し、初めてのゲストなしの公演で光ちゃんがラスト曲「言葉にできない」を歌う前のこと。歌う前に会場を見渡して、きっとその時は話す内容を考えていなかったのだろうと思うくらいに、ファンにこの15年間のことをぽつぽつと言葉を探すように話していたが、それまでゲスト回ではすぐ歌に入っていた気がしたので、私にとっては東宝千秋楽の挨拶でファンへの感謝を初めて公の場で伝えてくれた時以来の衝撃だった。

コンサートも3公演を経てこじらせていた私の感情は彼方に行ってしまい、ただただずっと幸せで楽しくて、でもれいちゃんが話し始める前にこれで終わってしまうのだな、本当に幸せだなぁと思ったら急に寂しくなってしまった。

光ちゃんも、もしかしたら同じように感じてくれていたらいいな。

 

私も柚香光さんに出会えて本当に幸せだよ。

あの日あの空間は本当に特別な経験で、あの言葉はこれからも大切に覚えていようと思う。

 

とりあえず明日からの東京公演も楽しむぞ~!!

 

*1:これ絶対平仮名

*2:いつでも捜しているよ、どっかに君の姿を

One more time one more chance

退団後、喪に服すことなくテニミュとか東宝とか2.5次元だったり、勿論宝塚などいろいろな公演を観てきたんだけど土の舞台でも無意識に柚香光の面影を探してしまい私の心情はまさにこれ。

山崎まさよしOne more time one more chance


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もう柚香光を好きだった時間が長すぎてどんな舞台を観ても頭の中にこの曲が流れる。
これを私は山崎まさよし状態と言っている。

「いつでも捜しているよ どっかにきみの姿を」

こんなところにいるはずもないのに、ね。



退団後のコンサートが発表されたのも今は昔。
時はどんどん進んでいくけれど相変わらず私は退団関係の全ての円盤を再生せず、パッケージを開け特典の2025年のカレンダーの申し込みをしただけ。

自分だけ立ち止まったまま取り残されているようで、このままではコンサートが始まってしまい言葉にしないと感情はどんどん変化して流れて行ってしまうので、今の微妙なファン心を残しておこうと思う。
所属事務所の発表もなんだかずっと前のように感じるんだけど、もうコンサート開催まで1か月切ってるんだから当たり前だよ。。。

退団前から事務所の発表があるまで、私はもしかしたらこの人は退団後はふらっと表舞台から居なくなってしまうのかもしれないと思っていて、

 

それこそ振付とか裏方に行ってしまったり、ふっと青年実業家と結婚して海外に拠点を移したり(今でも全然あり得ると思ってるけど)してしまうのではないかと漠然と思っていて、
今回のコンサートについてはもしかして、公の姿を見れる最後かもしれないな、と思ってチケットを頑張って取っていたんだけど、大手の事務所に入ったということは日本で活発に活動してくれるのかなと思ったり。
まぁインスタは全然活発じゃないけどね!もうねーこれはわかってたよ!!ご飯を載せたりおしゃれな感じの投稿とか、そういうのまめに更新するタイプじゃないって!!もう退団する前から分かってた!!
そもそもあんまり自分のプライベートを話すのも好きじゃなさそうだし、事務所とかマネージャーの問題ではなく本人の気質の問題だと思うんだよね。まぁ別に今告知できる仕事もないし。

日本で活動するならするでまた新たな悩みが出てきて、事務所的に映像メインになるんだったら今に比べて自分が足を運ぶ現場は目に見えて少なくなるので暇になるなとか。
もし舞台仕事でもシリアスなドストレート舞台をに出演が続いたとしたら、果たしてエンタメマシマシの舞台が好きな私は通えるのだろうかとか。

トラたぬなんだけど、なんか今の自分の心情が本当にわからない。
ほっとしたのか、うれしいのか、不安なのか。

特にコンサートのビジュアル発表の時はそんなに感じなかったんだけど、事務所所属の宣材見たら、想像以上に食らってしまって、本当にナチュラルで美しくて変わってなくて、現役時代より穏やかで柔らかくなったなって。
でも私そう思う前になんか「あ、もうこの人は人間になってしまったんだな」って思ってしまい。
私は下級生の頃から柚香光は究極にかっこいい男役であり、とてもかわいい女の子だと思っていたので、退団後今更女の人になった、女性らしくなった、とは思わないだろうなと思ってはいたけど別の角度からそう来るか~

宝塚の人って歌詞にもなってるけど本当に「夢を売るフェアリー」、妖精だったんだ……
元々人間だってという事は十二分に分かってて、いやトップ後半のなんだか浮世離れしたような姿はともかく、下級生の頃の言動含めめっちゃ人間というか年相応だったじゃんって思うけれども。そういう問題じゃなく。
32歳の成人女性を捕まえて妖精じゃなくなっちゃったんだねほろり🥲っていうのも相当気持ち悪いファンなのはわかっているので放っておいてほしい。

退団公演、ディナーショー、フェアウェルを経て自分の男役柚香光への感情は昇華し成仏できると思ってたのに、なんか全然そんなことなかった。こじらせたままだったな。
本人の卒業というのは退団公演だけど、ファンの男役からの卒業っていうのは案外退団一発目の仕事になるのかもしれない。

私は柚香光を好きになる前から「宝塚の男役」という虚構、嘘を愛している。
リアルな男性像とはまた違い、女性が男性を演じるという究極の嘘を、身を研磨して実在するよう作り上げるその過程に尊さを感じるし、男役柚香光は本名の柚香光が作り上げた作品だと思っているから。
別にずっと宝塚にいてほしいとか男役をやっていてほしかったというのは全くないんだけど、私はあまりにも長い時間宝塚の、男役の柚香光を見てきてしまったのでまだ覚悟ができていないんだろうな。
結局は私は退団後の宝塚の劇団員でなくなった柚香光をこの目で見てないからさ。

応援してた人がOGになって外部で活動することは何も今回が初めてではないんだけど、こうやって卒業後も見守りたいと思うのが初めてでぶっちゃけ分からないよー!退団して男役ではなくなったれいちゃんのことを今の熱量のまま追いかけていられるのか。
柚香光を好きなこと、今後もきっと変わらないし、コンサートは絶対楽しいんだろうし、やっぱり変わってないなと思うことも、新境地だと思うこともあるのはわかってるし本人や舞台に対して不安はないんだけど、
自分がその舞台を観てどう思うのか、どう感じるのか、すごい不安で怖い。


私自身退団した柚香光に何をしてほしい、やってほしいというような願望、希望は全くなくて。
もう宝塚時代にそういったファンの願望、希望に舞台上で真摯に答えてくれていたから、
だからファンに何を言われても、どう思われても自分のやりたい、信じることをやってほしいと思ってる。
そしてやりたくないことをやらないことはこれからも続けて欲しいなw

 

でもたとえ私のファン・オタクとしての心情が変わったとしても、柚香光を好きなことも、幸せな時間を過ごせたことも、何も変わらない。


そしてもし私が同じ熱量で追えなくなったり、距離を置くようなことがあっても、それは柚香光の問題ではなくそれは受け取り手である私の問題だから。
応援するか離れるか、程度の違いはあれどファンが選択できるのはそれだけ。
別に心変わりを他人に物申されるものでもないし後ろめたく思う必要も無い。
こうやって公演前に感じている不安も、公演を観て思った感想も、きっとどれも間違いでも自分の気持ちを大切にしていきたい。

ただ引き際だけは間違えてはいけないなとSNSでファンなのかアンチなのか分からない呪詛を吐き続ける人たちを見て思う。

そして私は極端な人間なので0か100かで考えることが多いんだけど、何でも話せる友人に話したりこうやって言語化していくうちに自分が何が不安なのか、恐れているのか悩んでいるのか少しだけわかった気がする。

別に今不安で、怖い気持ちも持ったままでもいいし、必要以上に身構える必要もないのかもな。
今はただドキドキしながら初日を待とうと思った。

ありがとう、サヨナラ。

 

10年以上応援していた宝塚の贔屓である柚香光さんが宝塚歌劇団を卒業した。

まだ記憶が鮮明なうちに、そして今後思い出すために、彼女を応援してきて感じたことを残しておこうと思う。

 

ブログを始めたのは文章力・お手紙力の向上のためだったのに、柚香さんについて書いたの、お披露目のはいからさん以来だったwほんとさぼりすぎ。

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柚香光という宝塚の生徒を認識したのはまだ彼女がまだ下級生で0番やましてスポットライトも当たらない位置にいた頃だった。

宝塚初心者だった私は、生徒の見分けがつかず、路線スターでもショーの衣装が変わると誰が誰だかわからなくなる状態。

そんな私でも柚香光は目線を奪って離させてくれない、そんな求心力を持つような人だった。

この人はきっとすぐ手の届かないすごいスターになるんだろうなと思い、その通りになったけれど、出会った時からトップスターとして退団するまで道のりをリアルタイムで追いかけることができたのは(大変烏滸がましいけれど)まるで一緒に階段を登っていくように感じられて、まさに宝塚のファンとして幸甚の極みだった。

 

新人公演主演、バウホール主演、3番手スターとして1人で階段降りをしたこと、海外公演、3番手に雉羽根がついたこと、東京別箱主演、2番手羽根を背負って階段を降りたこと、トップスターになったこと、プレお披露目公演、お披露目公演初日が延期になったこと、再開して初日にトップスターの羽根を背負った姿を見れたこと、退団発表、コンサート、大劇場の千秋楽、ディナーショー、そして東京公演の千秋楽。

 

嬉しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと、苦しかったこと、ここには書けないこともたくさんある。

今思い出すのは断片的なもので記憶は零れ落ちるばかりだけれど、その時貰った幸せな感情はずっと記憶に残っていて、昔と変わらず彼女を好きなまま、退団を迎えられることがありがたくて幸せで、胸がいっぱいになる瞬間がたくさんあった。

 

私は宝塚を退団、卒業することは今まで登ってきた階段を降りることだと思っていたけれど、実際その日になると階段を降りるというより階段のないその先に飛び立ったような感じがした。

東京公演の退団挨拶で彼女は宝塚を卒業しトップスターでなくなることを「羽根を下ろした」といったけれど、なんて詩的で自身の心情が伝わる表現をする人なのだろう。

宝塚の「羽根」が意味するものは一般の人が形容する羽根(ex羽根のように軽い)とは違いとても重いもので、下級生の頃からその重責を与えられ、自覚し真正面から向き合ってきた人だからこそそんな言葉が出てきたんだと思う。

 

下級生の頃から舞台上のれいちゃんはいつ、どんな時も堂々としていて、自分が与えられた役に対して体当たりに等しく真正面から向かい合う姿、そういう所が本当に好きだった。

自分が与えられた役割やそれに伴う責任、やらなければならない事を自覚し、そして自分がまだまだだということも充分理解していたように思う。

分かっているからこその舞台にかける真っ直ぐさ、ひたむき、それがダイレクトに伝わってくることがあってそれに私は何度も心打たれていた。

舞台は時により経験や実力よりも一瞬の煌めきや感情の発露がそれを凌駕することがあって、熟練の芝居より若手の精一杯の芝居に胸打たれ、心を動かされることいっぱいある。

とみにれいちゃんの舞台はそんな大切な瞬間が数えきれないほどあった。

 

最後の新人公演「新源氏物語」きっと本人的には課題の残る公演だったんだろうけれど、新人公演を卒業しこの人が目指すところには何があるんだろう、そこに到達した時、それに至るまでのを過程を見守っていきたいと思ったのを覚えている。

大劇場公演の千秋楽挨拶でこの頂きに至るまでの道中、柚香さんはたくさんの絶景に出会えたと言っていた。

その舞台から見える大好きな絶景の一部になれたことを喜びに感じると共に、ファンである私もその過程で絶景ををたくさん見せてもらったことに本当に感謝しているし、重い重い羽根を降ろしてこれから先広い世界に飛び立ったれいちゃんがどんな道を選ぼうと、その未来が光に満ち溢れたものになるよう心から願っている。

 

 

柚香光という人を認識したのはその華とスタイルを含めたビジュアルだけれど、この人を応援しようと思う決定打となったのが何より舞台でひときわ楽しそうに踊るれいちゃんの姿だった。

どんなに端でも、大勢口の1人でも、舞台に立てる喜び、表現する楽しさを全身で表現し踊る。

声を発さずともその姿を見ているだけでその喜びに溢れた声が聞こえてきそうな程雄弁な踊りをする人で、かと思えば場面によって舞台の所作が流れるように優雅で美しく繊細で、その生命力に溢れたダンスと表現力の幅の広さに毎回魅了されていた。

上級生となり、トップスターになっても表現力の根底は変わらず、ただただ年を重ねるごとに鋭く洗練されていったように思う。

 

下級生の頃のれいちゃんは95期の中卒・末っ子であまり成績も良くないこともあり(笑)

その性格もあって世話をするより圧倒的に世話をされることが多く、まだ責任のある立場ではなかったせいか元々の無邪気さややんちゃな少年性やおおらかさが前面に出ていたけれど、(スカステの番組の何かで画面外からスライディングで登場したりしたのは衝撃だった、こんなことするジェンヌ見たことないよw)

でもその実、表に見せる大雑把で快活なところばかりではなく、本当は繊細でめちゃくちゃ気ぃつかいだよなぁと、目や耳にする言葉の端々や振る舞いで感じていて、時折言葉の節々に繊細な柚香さんを垣間見ることができ、それに触れるたびにこちらはたまらなくなるのだった。

本当に根は暗いと言うか、細くてめちゃくちゃ真面目な人。

 

特に2番手になってからは意識的に表に出すのは明るくざっくばらん感じなことが多かったけれど、全国ツアーの千秋楽カーテンコール、明らか目が潤んでいるのに客席に向かって「泣いてません!!!」と叫んだ柚香さんに、れいちゃんを感じあまりにもいとおしくてたまらなかった。

 

でもたまにめっちゃ適当で「この人考えてるようで何も考えてないな!?」と思うこともあり、なんかそれも私は柚香光って本当に「おもしれー女」だと思って好きだったのですがw

 

色々と行動や言動に誤解を受けることが多い人だったと思う。

私は柚香さんが元来の宝塚ファンではなく、宝塚を知らずに入ったのでたまーにこの人「ファン心」というのがあまりわかってないな、、、と思うことはあったけれど、それが「ファンのこと」を考えていない、ないがしろにしているとは一度も思わなかった。

 

私はそっけないように見えてどんなことも流さず、その人の目を見て答えを返してくれる真摯なところが好きだったし、どんなにたくさんの人がいても手紙を直接受け取るときには絶対に手紙を見て、受け取るときに目を見てくれる、その当たり前で流れるようなしぐさがとても好きだ。

(機会は限られていたけれどトップになってもそれは変わらなくて、嬉しくて感動したのをすごく覚えている。)

 

いつだったか下級生頃の出待ちで小雨がぱらつくことがあった。

小雨でも1時間以上待っているファンは傘も差せずカッパで雨に濡れ、やっと現れたれいちゃんはその場でさしていた傘を閉じ、1人1人から同じようにして手紙を受け取っていた。

もうだいぶ昔のことなのにその時のことをすごく鮮明に覚えていて、なんかすごい人を好きになってしまったなとその時改めておもったのだった。

柚香光さんは宝塚のスターで、明日以降も公演が続いていく、身体のことを考えてもらって傘さしてほしいし、小雨とはいえ雨に濡れてせっかくきれいな化粧が、、、(そして手紙も濡れるし)なんてことを考えてしまう私がとてもちっぽけに感じるほどその行動は自然で裏がなく、ファン対応や宝塚スターとしての正解ではなく元の人柄としての優しさや大きさ分かるようで。

その時に限らず柚香さんは自分の行動が外からどう見えるとか関係なく、その時目の前にいる人を大切に思ってくれる、今観てくれているお客様への誠意をいつも感じられ、歌劇の贈る言葉にもあったように柚香さんの優しさには取引というものが感じられず、そういうところが私はとても好きだった。

それは立場が変わってトップになってからもずっと変わっておらず、他の生徒さんが柚香さんの優しさに言及してくれるたびに、本当に分け隔てなく愛情をくれる人なのだと。

 

応援してくれるファンにとどまらず、柚香さんはいつもその時舞台を観てくれているお客様に向けたもので、

常に「観てくれたお客様が明日からも頑張れるような舞台」のことを考えてくれていた。

 

私は柚香さんが舞台に立つことを「仕事」というのが好きだった。

サヨナラショーのメッセージでもひとこちゃんに対して「一緒に仕事がしたい」といっていて、舞台に立つこと、スターでいること、そしてトップであることも宝塚が青春のすべてで人生をかけたものであることに間違いは無いけれど、柚香さんにとっては舞台に立つことがやり遂げるべき仕事だったんだと思う。

同じくサヨナラショー前のメッセージで明日海りおさんに押してもらった背中の重みを義務感や責任感ではなく舞台に生きる仲間への忠誠と表現したのはあまりにも柚香光らしく、本当に大きく、優しく、強い人だと思った。

 

退団公演、そしてそれに付随するイベントや公演の各種はずっと本人を送り出すためのものだと思っていたけれど、自身がファンとしてそれを体験して改めて思うのは本人を送り出すのもそうだけど、ファンのための時間だったように思う。

退団会見から約10か月ほど、退団の日を迎える私たちに、これまでを思い出し大切に振り返り、送り出せる時間、そして心を準備する期間をくれていたように思う。

コンサート、ディナーショー、サヨナラショーで過去のナンバーを歌い、舞う彼女の姿は懐かしくもあり、当たり前だけど過去に観たどの姿とも違っていて、光さん自身の成長と成熟、自身のファンとして重ねてきた歳月を感じるとともに、もうあの時と同じものは二度と見られないんだと、初演の少尉も、アランも、道明寺も、あの時だから見れた、あの時しか見れない特別なものだったとわかっていたことを改めて突きつけられるようで、一抹の寂しさを感じることもあった。

 

れいちゃんは退団発表から退団するまで、今までいただいたご恩やご恩返しという言葉や感謝の言葉を頻繁に伝えてくれていたけれど本当に感謝をしたいのはこちらの方なんだよ。

2020年のコロナ禍に始まったトップ時代の丸4年、ただ舞台が幕を開けるのを待つだけでもつらい時があったのに、当事者である彼女たちの苦しみや悲しみはどれだけ考えても推し量ることができない。

そんな時でも、どんな時でもずっと柚香さんは決して後ろ向きな言葉は口にせず、前を向けるようずっとずっと舞台に立ち続けてくれた。

 

いつのころからか柚香光という人は役や公演について以外の自分のこと、置かれた立場やその時に思ったことをあまり多く語らず、発言にすごく気を使っていた印象で、だからこそ退団特集のグラフや歌劇ではすごく言葉を選びながらも自分の表現で語ってくれていたのが嬉しく、でもそれ以上に嬉しかったのは初めて話してくれたことも多いはずなのに、想像以上に「知ってた、分かってた、伝わってた」ということが多く、ずっと言葉にはしてこなかったけれど、舞台で、態度でずっとファンに対して伝えてくれていた。

 

それは最近のことだけでなく、もうずっとファンの思いをちゃんとわかってくれているんだなという言葉、態度をいつも返してくれていたように思う。

それこそ舞台では嘘をつくことなく、自分のすべてを出していたからこそ、そう受け取れていたんだと思う。

昔から本当に裏表のない人だとは思ってきたけれど、舞台に対しても、お客様に対しても柚香さんはずっと「真摯」だった。

 

最後の最後、東京公演の千秋楽最後の挨拶、それまでずーーーーーーーっと、彼女が公の場で挨拶するときは全てのお客様に向けての言葉で、それがなんだか特別扱いをしない仕事人の彼女らしいなと思っていたのだけれど、最後の最後にあんなファンに向けた言葉を言葉にして伝えてくれるとは思っていなかったのであまりにも不意打ちで大号泣してしまった。

彼女の言葉からは自分を好きになる、というより皆さんが愛し大切にしてくれた自分のことを自分も大切にしたい、という思いを感じられ。それもやっぱり彼女らしなと思う。

 

自分が好きではなかった、というか自分に厳しく、自分を許せていない、認めきれていない姿はずっと見てきて、でも「違うよ、あなたはそれだけの価値がある人なんだよ」ということをずっとずっと知ってほしくてあまり得意ではない思いを手紙にしてきたときもあり。

舞台や応援することは一方通行に好きや愛を伝えるものだと思っていてそれでよいと思っていたけれど、れいちゃんを応援したり、舞台を観ていると不思議と送った思いをわかってくれて、受け取るだけでなく「ちゃんとわかっているよ」と返してくれる人なんだと。

愛は与える側が大きな器をもって与えるものではなく、受け取る側が大きな器を持って受け入れてくれるもので、だから安心して応援する側は好きでいることを伝えられていたのだと思う。

 

大劇場の千秋楽、黒燕尾階段を降り、退団の挨拶をしたこと、そしてディナーショーで、私の中ではもう一度柚香光さんは一度退団したような気になっており、東京公演はなんかもう出血大サービスのおまけのような気持ちでいたので、東京公演序盤は寂しい、悲しいという感情は過ぎ去っていて、ただあまりに柚香光さんが美しくて、幸せそうなので、それがたまらなく愛おしく、幸せでしょうがなかった。

 

けれど東京公演後半あたりからまた涙が止まらなくなってしまい、またその頃からか、それまでふつーに見ていた「ミラクル」のナンバーにすごく感動するようになった。

これからの花組を担い、背負っていく次期トップの二人の未来があまりにキラキラとまぶしくて、それまで思ったことがなかったけれど、退団する側のファンの立場になって「青薔薇・シャルム」を観ていた明日海さんのファンもれいちゃんを見て私と同じような気持ちでいたのかな、その前の蘭寿さんのファンも、2番手引継ぎをするトップファンはずっと110年そうして同じ思いを重ね感情を共有してきたのかと思うと、とても尊い気持ちになる。

 

私はファンになる前から宝塚のことは好きだったので今後も花組のことも、全組見守持っていきたいと思ってるし、生徒本人だけでなくその姿を追い続けるファンにも「がんばれ、応援しているよ」ってずっと思っているし、本人もファンの方も幸せでいられることを願っています。

 

 

なんか長々書いてしまったけど、舞台とか作品の中の男役の柚香光さんには全然触れてない内容になっちゃったな~

アルカンシェルだけじゃなく、ほかの舞台や男役柚香光の感想とかその他もろもろもいずれ書きたいな、書けるかな?

東京心覚とか最近の刀ミュに感じてたこといろいろ



東京心覚を初日、3/14と観てやりたいことはなんとなくわかるんだけど私には響かなかった、Not for meだったなって話。
本当にただのオタクのお気持ち表明なので見なくていいです。書いて発散したいだけなので。
※ネタバレ配慮してないし、なぜかエヴァの事も話してる。







今回いつもの6振編成から8振になったことで色々不安はあったんだけど、さすがみんな経験値があるから下手じゃないし、キャストの解釈や心情の動きがすごくよかった。
何より冒頭刀剣乱舞でみんなステージの高台から盆が回っていく演出は歴代刀剣乱舞の中で一番かっこいい。盆*1好きだからね、贔屓しちゃうよ。
今公演の推しは個人的には五月雨江なんだけど顔が綺麗でぎこちない動きがギャップがあっていちいちかわいい。
照れたときとか困ったときに襟で顔隠したり、足を揃えて座ったり上げた掌がまっすぐでぎこちないのが本当にかわいい!!
歩くときの姿勢がとてもよかったり、歌を詠む教養や上品さがありながらも第3形態の衣装がめちゃくちゃけしからんかった。
月とか海や川とか、歴史を比喩的にとらえるの好きですね、そういうのオタク大好きだよ。
今回はそれに花も加わった感じかな。歴史はその時代に勝ち残ったものもの、例えるなら実った野菜や果実とするなら負けたものは花なんだね、
実を結ぶことはなくても花は確かに咲いた、それがなかったことにはならないっていうメッセージかな。
あと水心子の一人舞台はメタととらえていいんだよね??


今回ステージングが新之助さんではなく音楽も今までとテイストが違うので多少違和感や好みはあるけれど、長年やってるとマンネリに陥るし制作側から今後も刀剣乱舞、刀ミュを今後も続く長期コンテンツとして売っていこうという感じはするのでこの5周年という区切りで手札を増やしたり色々と味を変えていくのはありなのかなとも思った。
刀ミュの初めから続けてきた路線は2018年の真剣乱舞祭で最高到達点は迎えていると思ったので。。。


刀ミュが2.5次元という枠を越えていこうとしている、というのは過去のインタビューやらコメントやら作風やらで感じていて、やりたいことは分かるんだけど見る度に思うのが2.5次元の枠を越えようとしているなら、なんで過去作未履修者を置いてきぼりにするんだろうな?
葵咲本紀は辛うじてまあ理解できるか、というレベルだったけど東京心覚はマジで過去作の三日月の知識がなければ意味不明では。
今回初めての子を14日観劇に連れていく予定でいたので初日を1人で観たあとこれどうやって説明する?前程知識入れておいた方がいいのかと思ったもん。。。

私は考察や前知識は必須条件ではなく作品に対して解像度を上げる必要条件でしかないと思っているので、例え2.5次元が元々のファンを対象としたものであっても前作を観ないと理解できないのは舞台としてどうかと思ってしまった。
2.5次元が演劇の中で別離している、閉鎖的なのはクオリティとかは置いておいて、一つに原作・過去作の知識を必要とすることだと思います。

そして何より「原作(過去作)を知っているとより楽しめる」と「原作(過去作)を知らなければよく分からない」には雲泥の差がある。
刀ステを直前に観たせいか余計に思っちゃった、刀ステはちゃんと前者だったよ。

2.5次元舞台でスポーツものが重宝され多く量産されるのは話が分かりやすくて便利だからなのかな。
特にテニミュとか敵対関係や勝敗がはっきりしてて基本一試合完結なので原作知識とかなくても戦って勝ち負けが決まるんだなってわかるもんな。


あと量産される2.5次元の舞台でよくあるのが、原作丸々コピーで別にこれ舞台でやらなくてもいいんじゃない?喜ぶのは原作ファンだけじゃない?
結局それだと今のファン層以外に広がりはないんじゃない?と思うような舞台なんですが、形態は違うけれど今回の刀ミュと何が違うんだろう?
過去作や原作の知識を前提としてる限り2.5次元2.5次元のままだと思ってしまった。

こんだけ手軽に楽しめる娯楽が溢れる世の中で、前程知識必要です。理解したいなら過去作見てください(全●作、各公演時間2時間超)。残っている舞台映像はあくまで映像であり生の舞台を再び見れる機会はありません(再演を除く)。チケット代は1万円です。

ってそれはエンタメとして生き残っていけるのか、、、
本当に誰目線だって話だけどめちゃくちゃ心配になってしまった。
演劇とは、刀ミュとはそういうもの、ついていけないなら見なくていいというならああそうなんですが、なんですけど。

映画も続編ものあるけどちゃんとした続編は前作見てなくても理解できる要素が散りばめりていて知らなくてもちゃんと面白いし(もちろんちゃんとしてない続編もある)、何より映像だから前作がそのままの形で見れるんだよね。
舞台はどう御託を並べても劇場で観るものが完全体なので、そう考えると舞台の入り方ってめっちゃ難しい!!


まあそれだけだったら私は知ってるし楽しいしいいか~みたいになれたんだけど一番心が折れたのが、こんな刀ミュとして挑戦的なことしてるのに、なんで冒頭の30分*2をよくある2.5次元方式のキャラ紹介とキャラ付けのために各キャラ1曲歌わせとくか〜みたいに使ったの?なんであそこだけ2.5次元バリバリに出してくるんだ。

そもそもミュージカルを名乗るなら歌と芝居と台詞の境目を自然にしてほしいし、初日はミュージカルが嫌いな人が言う「突然歌が始まるのが不自然」っていうの地でいってたよ。
2回目は自分が慣れたのか回を重ねてよくなったのか違和感は減ったけど。これキャストや脚本のせいとかではなく構成・演出の問題では。
そんなことを観劇中考えてて一幕は「何がしたいんだろう」ってずっーと頭の中で思ってた。

あと今回の東京心覚からは少しズレるけどパライソから薄々感じていて幕末再演で決定的だったのがアンサンブルや音楽の使い方がグランドミュージカルに寄ってきたのかと思うところが多く、歌わせること増えたしストリングスが入った壮大なナンバー全員で歌わせるとか。

個人的にミュージカルだからと言って全員が歌う必要ないしオリジナル演目なんだから歌える人は歌えばいいし演技、ダンスがいい人はそれを魅せればいい。
画一的な型にはめなくてももっと適材適所に出来たんじゃない?
双騎でその可能性の片鱗を見せてくれてそれに今まではそれが比較的出来ていたじゃん。

2.5次元2.5次元の良さがあると思ってるし、どれだけ寄ってもそれは『っぽいもの』でしかなくて、そもそもグランドミュージカルが観たいなら東宝とか海外招致に行くし......
そもそも2.5次元のキャスティングは歌や実力よりもいかにキャラクターに似ているか、要素を持っているかが比較的重視される中で厳しいところがあるよ。(グランドミュージカルが優れてるとかそういう話ではなく)

でも東京心覚のラスト付近、出演者総出演のメロディーが重なってのフィナーレ、重奏&紙吹雪はめっちゃあがったので、キャストの実力×曲×演出がぴったりとハマればめっちゃよくなるので幕末再演のあれは本当に惜しいと思ってしまった。
めっちゃ小池修一郎演出の一本ものにありがちな一幕の終わりの演出に似てたのは置いておいて。*3
あれはあれで美しい演出の型の一つ。



東京心覚の一幕見た後のこの感情、めっちゃ既視感あるなと思ったら新劇エヴァのQ見た時の感覚でした。
その時も結局は前作の破が好きで同じものを期待して行ったらぜんぜん違くてハァ?ってなったので結局は『自分が期待していた刀ミュじゃなかった為の身勝手な愚痴』ですね。

主語を大きくすると怒られますが初日は小劇場作品とか歴史・考察好きな人はすごくはまるのかな。と思っていたけど東京心覚は刀ミュのどこが好きなのか、何に魅力を感じていたのかその種類によって評価が分かれるような気がする。
私がテニミュ生まれ宝塚育ちというガチガチなスター制度、エンタメに全振りした舞台で生きてたせいも絶対にある。



余談
これの下書きを大まかに書いた後に新劇のシンエヴァを見てきてそれまでエヴァQに感じた感情に落とし前をつけることが出来たし、初日より2回目の方が受け入れられたので今の自分にはNot for meでもいつかこの舞台の意味や意義を理解出来る時が来たり大好きな作品の1つなることもあるのかなとふと思った。

それが凱旋公演なのか数年後なのか、刀ミュが終わる時なのか(そもそも刀ミュはちゃんと終わってくれるのか)は知らんけど。


ってそういうことを言うと複数回観ないと消化できない舞台って?それを前提に作るなよ、とかもう一人の私が言ってくるんだけどさ。

*1:回転する舞台機構

*2:体感なのでもっと短いかも、めっちゃ長く感じた

*3:連れて行った友人も言ってた

刀ステに思い入れがない人がみた天伝





※うっすらストーリーと演出に関するネタバレしてるかもしれない

思い入れがない、は決して悪い意味でなくすごい熱意を持っている人たちに比べて、というだけなので気にしないで下さい。
なんなら私は刀ミュは好きだけどゲーム刀剣乱舞に対してあまり思い入れがなく、

サービス開始から登録してるのに直近でログインしたのは大演練の63振貰える時と東京心覚のゲーム先行位。
あまりにゲームやってなくて原作の刀剣男士のボイスや原作立ち絵よりミュの俳優の声や顔の方が馴染みがあるようになってしまった。


刀ミュにハマってから舞台版もあるらしい、そっちは制作会社が別で話が重い、しんどいらしいといわれているの位しか知らなくて、いつか観に行きたいと思ってたんだけど最速が円盤先行、チケットがとりにくいということでハードルが高く、

コンテンツデビューはできるなら生観劇がよかったのでやっと一昨年維伝 赤坂ACTで初観劇しました。
前知識だけさらっと入れていったんだけどちゃんと面白かった。

 

そして自粛期間の5月に無料配信があったのでせっかくだからと虚伝~慈伝まで観ました。
個人的に好みだったのは虚伝とジョ伝で特に好きなのは
虚伝主軸となる織田信長の正体が分からないまま幕を降ろすところ。
ジョ伝→タイムパラドックスものってやっぱりおもろい。バタフライエフェクトとかカメ止めみたい。

確かに面白いな〜とは思ったけど私は俳優から深みにハマっていくタイプなのでハマるまではいけず、多分今後も1回は観に行こうかなと思ってました。
科白劇行けなかったから来年は行きたいな、かいちゃん*1も歌仙和田さんも出るし。


まず天伝を観る前にステアラでの観劇が初めてで事前周りから駅の周りに何も無い、座席が回転するから酔う、トイレが大行列等など言われてるのを聞いて気になってたけど駅回りビルはあるし日曜行ったから開いてないけど新豊洲市場もあるし。
トイレも近くない、というか舞台慣れしてしまって幕間休憩にもほぼいかないので開演前に行けば全然問題なかった。


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幕観て1番の感想が想像以上に舞台の奥行が無い!
劇団新幹線の髑髏城を映像で観た時には気にならなかったけど普通の劇場の半分も無いんじゃ?

それを横幅とスクリーンの映像に奥行きを持たせることで補ってる感じ。
因みに開演前どの位の舞台の広さで展開されるのか分からず150度位1面スクリーンだったので草食動物並の視野を求められてるのかと思った。
※だいたい1場面1セット90度くらいの4分割だった(当たり前)
1
幕はそれがとても顕著で、特に大阪城内の階段なんてここで殺陣やるなんて正気か、と思ったけどそれを補う横広のスクリーンと本来幕前であるスクリーン前芝居なんだろうなー

.....ってずっと舞台の奥行に思いを馳せてたら2幕で7振がステアラ最大限に広い八百屋舞台にスポットライトが当たったやつが映える映える。めちゃくちゃかっこよかった。歌舞伎みたいに拍手切りたくなっちゃった。

舞台は緩急が大事なんだね。


その後一人一人の見せ場殺陣をやっていくんだけどあの可動式の台は殺陣を立体的に見せるための補助的な役割をになってるんだろうな。
横の動きは体力だけど縦はどうしても身体能力に寄るところがあり、今回の刀剣俳優ではれおくん、さっくん、尚弥くんが抜けてるかな。

それを補うにはセットを作る必要があるんだけどセットを作ると可動範囲が狭くなるからあの時動く台になったんだろうと想像する。

主要キャストと同年代なのでこの舞台を11公演ないし2公演、3ヶ月続けるって本当に尊敬。
あと普段宝塚ばっかり見てるので、2.5次元の舞台観る度同じ事言ってる気がするけど殺陣の重厚感だったり、ダンスの力強さ見るとしみじみ外部の舞台見てるな〜って思ってしまう。


終盤刀ステで真剣必殺の姿が出てくるのすっかり忘れてたので、出てきた瞬間めちゃくちゃ動揺した。特に清光。
松田凌さんを初めて見たんだけど凄く不思議な人。

生々しくてとても人間っぽいのにちゃんと加州清光だった。

あと私観劇後初めて知ったんだけど刀ステはカラコンしてない時としてる時があるんですね。

1度目見た時はたぶん清光がカラコンをしていて、また観たいと2度目行った時はカラコンをしていなかったんだけど、白目の演技が映えるので私はカラコン無しの方が好きだな、きっと映像に残るのはカラコンアリなんだろうけど。

清光が家康と対峙した時の白目がめちゃくちゃ良くて、2回目の記憶をほぼそこに持ってかれた。


本田礼生さんは生ではエーステ、映像はチアステとテニミュ位しか見た事が無いんですが声からして憑依型の役者なんだろうな。

一幕ラストの秀頼と一期一振がいい芝居するんだよな。
会話めちゃくちゃ良かったな。芝居もそうだけどさ。



エンタメ重視で舞台を見てしまう身としては今回の刀ステ何が1番良かったってラスト付近で1回転しながら殺陣し出すので血湧き肉躍った。興奮しすぎて死ぬかと思った。

末満さんの舞台は答え合わせをしている気分になるんだけどわかってくれる人いないかな。
ちゃんとパーツがハマる感じがして観ていて気持ちいい。


2回ステアラを経験してみて座席回転のせいじゃなくてスクリーンの視点移動のせいかと。
幸い私は三半規管が強いので何ともなかったけれど、USJのハリポタアトラクションのような画面移動を多用するので3Dで酔いやすい人は本当にダメなんだと思う。


私が刀ミュファンだからどうしても比べてしまうんだけど、刀ミュがハッキリと刀と人間の境界線を引いているのに対して刀ステはすごく人間に近く刀を書くなと思いました。

そして刀に刻まれた記憶をとても大切にするなと。


一期一振に秀頼がお前は何者なのか、って聞く場面があるんだけど、一期一振は兄、と答えるのね、でも兄って弟が居ないと存在していないわけで、兄でなければ何なのか、と聞かれて答えられない一期一振に弟たちがお前をお前たらしめてくれる。

他人が自分を自分たらしめてくれる。ってすごく哲学というか演劇的だなと。

舞台だってそうで、どの役で演じていようが観客がその役だと思って見なければ演劇は成り立たないわけでその事も相まって感心しきりでした。

途中でも書いたけど思い入れがないと言いつつ1回目の観終わった後ローチケのチケット状況見たよね。
そして行けるスケジュール確認して2月のチケット足しちゃったんだよね、16000円を。帝劇レミゼより高いチケットを。
自粛以降家計管理にハマって前まで考え無しに買っていたチケット代に本当にこの金額の分の価値はあるのか考えて日々金勘定してる自分にとってはびっくりなこと...。
无伝もとりあえず4月は取って面白かったらまた増やそうと思います。
このコロナ禍で唯一の良かったこと=どこも席や日程に拘らなければチケットが取れること。。。

都内在勤の一人暮らしで周りも類友ということもあり普通に観劇行ってる人ばかりなので(勿論ご飯もお茶もしないでほぼ直行直帰)感覚麻痺するけど、エンタメ業界の友人に聞くと当たり前だけど全体的に券売はめちゃくちゃ落ちてるし多分私も実家住まいだったら止められたのかなとも思うし。
私のしてる事は反社会的なのかもしれないけど国から中止を要請されない限り、舞台がやってる限り、そして自分の体調が良好である限りチケットを買って足を運ぼうと思う。


とりあえず行く気はあるので早くレミゼのキャスケと花組東宝の公演スケジュール出してください。

*1:七海ひろきさん

いままでのこと


ずっと書いてなかったので簡単に20208月から212月までのことを振り返ってみる。

それぞれの舞台の感想は気が向いたら書こうかな。



8月宝塚がクラスターの為中止に、贔屓の心情を察ししんどい日々を送る。

中止が発表された日私は観劇予定無かったんだけど友人は宝塚に向かう電車の中や空港に向かうタクシーの中で中止の発表を知ったらしい...

花組の穴を双騎とかヒプステ、エーステの2.5次元で埋める。


9月双騎と花組の為に兵庫へ。

無事花組大劇場公演と双騎神戸公演の千秋楽を見届ける。

エーステライブにも行ったり、1回だけ銀河劇場で中止前の天狼傅観たり。


10月初日が中止になった時はドキッとしたけど双騎再演に狂いアンフィ通い。


11月あんまり記憶ない。


12Switch買う。ゼルダピクミンにどハマりし時間を溶かす。

2020年の観劇本数は数年ぶりに100には届かず。


1月音曲祭と花組がまさかの日程ど被りで家と有明と有楽町を往復する。

終盤に見た刀ステがめちゃくちゃ良かったので1回の予定が追いチケしてしまった。


2月仕事が忙しい。

宝塚観たりヒプステ観たり、ぼちぼち観劇生活



明らか自粛以降家計管理にハマって財布の紐が固くなった。

観劇は趣味なのでお金は使うけど本当に観たいのか、観ようとしてる公演は本当にチケット代の価値はあるのかとか考えるようになって、複数枚チケット持ってたやつは通えないな、と判断したらリセールしたりしてた。


毎年100本観てるとどう計算しても使う金額は3桁は最低いっていて、界隈だと当たり前もしくは少ない方なんだけど雑誌のお金特集やインスタとか見てると普通に考えて趣味に3桁以上かけるのって少数なんだよね。


2021年の目標は本当に行きたいと思う公演、数を見極めること。

とりあえず前半は丸かぶりの花組レミゼのスケジュールをなんとかする。


阪急は花組東宝のスケジュールを、東宝レミゼのキャスケを早く出して欲しい。

帰ってきた

 

待ちに待った柚香光さんの大劇場トップお披露目公演初日から1週間。

 

毎日初日の中継録画をひたすら見つつ余韻が残る中でこのブログを書いています。

 

長いようでいてあっという間、というのは語弊があるけどもう3月から6月までの記憶が薄すぎてそう感じてしまっている。

その間のスケジュール帳を確認しても中止になった公演を二重線で消している以外はほぼ白紙に等しく、実際は本当に長かった、長かったよ。

 

 

まずは忘備録的に宝塚の2月末から宝塚大劇場初日再開までの発表を時系列で。

※劇団のニュースリンクが切れていたので、日刊スポーツのリンク参照

 

2/27 2/29~3/8までの全公演中止を発表

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3/6 星組9日(千秋楽)、雪組10日~公演再開を発表

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3/11 雪組12~19日まで再中止

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3/18 公演再開を22日に延期

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3/21 花組初日を3/27に変更

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3/22 雪組千秋楽1日だけ再開

3/25 3月末まで公演中止

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3/30 4/12まで中止期間を延長

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4/7 宝塚歌劇全公演当面の間中止

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4/9 中止期間を6月末まで延長、同時に現在発表されているトップの退団時期を延期に

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6/15 花組大劇場初日が7/17に決まる。

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7/17 花組大劇場公演初日

 

特に3月下旬の発表が怒涛すぎてまとめているだけで当時のことを思い出して胃が痛くなりました。

朝夕夜と劇団のニュースページをひたすら更新して一喜一憂し、1度も舞台を観たこと無いであろう外部の人に叩かれ、実際私はこの期間めちゃくちゃに病んでいた。

 

 

公式に発表されてるだけで花組の初日が3/13→3/22→3/27→7/17に変わってるけど、ふわっとした延期発表の時にも発表されてからでは手遅れになる可能性があるので初日を予想しホテルや飛行機を押さえたりチケットの譲渡を水面下で探したり勝手に心を消耗してた。

 3/25の発表があった時点でこれ当分上演出来ないなーというのは分かったので辞めましたが......

何としても大劇場、東宝の千秋楽だけはやらせたかったんだなというのはわかった。

 

それからしばらく配信やスカステとかも観る気になれなくて、7月とか言ってても結局延期になるのかな〜とうっすら思いつつ自粛期間をほぼ在宅勤務で過ごし、迎えた6/15の発表。

とりあえずホテルだけはと思いすぐ押さえました。*1

 

発表時点で初日まで約1ヶ月、その後チケットの申込が始まっても公演をするという実感が全く持てず、じわじわ湧いてきたのが1週間前、飛行機を取ったのも前日だった。

 

実際に公演出来るかは当日幕が上がるまで分からない、というのはそれまでにあった中止公演から学んでおり伊丹空港から宝塚に着くまでも3/20に帝劇SHOCKの当日中止告知を見ながらリトショ初日観劇の為日比谷に向かっていた時を思い出していた。

 

 

館内は事前の動画で見た通りガイドラインに合わせて感染予防対策をされていて、新宿の舞台の件でかなり敏感になっていた所もあるけれどこれでかかったらもうしょうがないな、と納得出来るレベル。

特にモニターに顔を合わせて瞬時に体温を測る機械は空港で見たものとほぼ同じで宝塚ひいては阪急阪神東宝グループの資金力......

このコロナで選挙同様エンタメも3ばん(看板・地盤・鞄)があると安心が違うなというのはひしひしと感じて ました。宝塚、ジャニーズ、LDHしかり。

何より持ち劇場、専属の劇団員っていうのが外部の延期公演のスケジュール再調整の難しさを見てると何よりも強みなんだろうなと。

 

そして劇場ロビーに入ってまた別の方向で感動したんですが、少し歩くだけで見たことある顔に出会う。

こんな状況の中しかも平日昼間の公演に有給取って来る人なんてガチ勢中のガチ勢しかいない。劇場なんて不特定多数の集まる場所なのに、ひいてはここは兵庫なのに!ここは日比谷かと勘違いしてしまうくらいいつもいる人で構成されてたと思う。

 

オケピの音合わせすらなく、1席飛ばしの千鳥配席もあってずっと静まり返った劇場。

トップの挨拶より先に組長さんのご挨拶で始まった。

『4か月にわたり公演を中止して参りました。その間たくさんの温かいご声援を頂いたこと、心から感謝申し上げます。』 

 どうしてもバッシングが目立つ中で、そういった再開を待つファンの声もちゃんと届いていた事が純粋に嬉しかった。そしてその挨拶に呼応するような拍手は客席半減なのに満員の劇場と遜色なく、その劇場を満たすような拍手も数ヶ月ぶりに体感するもので始まってもいないのに鳥肌が立った。

もうその挨拶から涙腺にじんわりきてたけど続く花組トップとしての挨拶、いつもの定型文に加わった

『皆様にお会い出来る日を心待ちにしておりました。』

 という言葉。

その場で吹き込んでいるような高揚したような優しい声色は本人の持っている暖かな人間味に溢れていて、その時だけは花組トップ柚香光ではなく、私の好きなれいちゃんそのものだった。*2

 

そこからもう駄目で、泣くだろうな〜とは思ってたけどそんなレベルじゃなかった。

 

無事にお披露目公演の幕が開いた安心感、

本当にまた宝塚が観れるんだという喜び、

今まで自粛を強いられていた舞台のこと、

日々の生活の不安に至るまで今までずっと堪えていた感情がぶわっと湧き出してしまいマスクの下で嗚咽を堪えて泣いた。

 

自分でもなんで泣いてるのか分からないくらい涙が止まらなかった

 

私は普段感情の波がほぼ無いのでこんなに感情を全面に出して泣けることに自分でもすごく戸惑ってて、嗚咽を堪えるために顔はくしゃくしゃだしオペラは曇るし、目の周りに塗った色は全部取れた。

 

プロローグでせり上がりでピンスポを浴び、贔屓が拍手に包まれる。テーマソングに合わせて送られる手拍子。

その光景をきっと私はずっと忘れないと思う。

(帰ってスカステニュース見たらせり上がりの敬礼の手がかすかに震えていて、私はまた泣いた)

 

2017年初演を観ている身としては散々見てきた公演であり、自分の中では2017年で綺麗に終わったものだと思っていたので再演には正直すごく複雑だった。

短いトップ生活の作品の1本を再演で消化してしまうのか……という思いが強くて。

でも幕が空いたらそんなの吹っ飛ぶ位、作品の力と同じ役だからこそ柚香さんの少尉に惹かれてしまい、今ではこの作品をお披露目公演として上演できることが出来て本当に良かったと思います。

私ははいからさんが通るの中で「風の誓い」という曲が初演から大好きなのでその曲がかかる度に涙腺を刺激されてました。

 

作品自体の感想はまた次の機会に書くとして、フィナーレの黒燕尾はずーっと鳥肌、今まで明日海さんのいた位置に柚香さんが立ってる、逆三角の頂点にいる。

柚香さんが花組のトップスターになったことは散々、もう嫌というほど分かっていたけれど、私はその時に本当にトップなんだと視覚的に理解できました。

プレお披露目であるDANCE OLYMPIAを見ていたけれどやっぱり大劇場の大階段の0番はもうどの劇場も比でないほどトップスターが映える。

 

挨拶も、作中もフィナーレも大羽根で登場もうっすらと泣くだろうなーというポイントは自分でも分かっていたしその通りだったんですが、まさかパレードに泣かされるとは思ってなかった。

あのテーマソングのアレンジイントロがかかった瞬間、挨拶の時のような思いがせりあがってきてここでも嗚咽。

いつも通りではない生活の中で、宝塚のお約束としていつも通りに始まったパレード、今までの当たり前にあったものが今ではこんなに尊く、キラキラと輝いて見えるなんて。

何より音くりすちゃんのエトワールがとんでもなかった。本当に好き。めちゃ可愛い。

 

最期終演後の挨拶の順番をフライングするというほのぼのエピソード?でふわふわしてまうのはなんか流石だな~らしいなーと申し訳ないけど思ってしまったよ。

新公時代から校長先生か!!と突っ込みたくなるようなガチガチの挨拶か、和やかな笑いに包まれる挨拶しかない気がするんだけどそんなところも好きなんだよなぁ。盲目オタクだわ。

 

フィナーレの人数を制限したとはいえ、外部の舞台や刀ステ観てると舞台上は密だなぁ、という思いは捨てきれない。普通に抱きしめてるし濃厚接触あるしw

 前に言っているように専属の劇団員、しかもムラという社会でほぼ隔離されたような生活を送っているのと首都圏在住で不特定多数と関わりのある仕事では全く状況が違うのだけど。

たぶん外の人と接触しないよう言われてるだろうし......と思ったら日刊紙面でも言及されてましたね。

www.nikkansports.com

6月上旬から固めたガイドラインには、各組組長をはじめ、自宅で自主稽古を続けた生徒から自発的に意見が出たという。「家族、生徒同士でも2名以上で食事をしない-などは、生徒からの申し出もあった」などと明かした。 

稽古場やスカステの番組を見ても対策をされているようで、あくまで舞台上の必要な演出については例外としているようです。 

 

 これは本当に本当にファンのエゴですが、トップお披露目という1度しかないあの瞬間を満員の劇場、3000人超の拍手で迎えてあげたかったし、こんな宝塚の再開公演の先陣を斬るという大役、色々な激重感情が入り交じったものでなく純粋にトップお披露目だけを祝いたかった、喜びたかった。

...と思ってたんだけど実際舞台を観て贔屓の顔を見たらそんな思いぜんぶ昇華されてしまった。

実際に自分が舞台を観れたこと以上に、贔屓が笑って舞台に立っている。その事に何よりの喜びを感じた。やっぱり舞台に立つ贔屓が一番好きだ。

  

  

『宝塚に歌劇が帰ってきた』

という花組初日翌日の日刊スポーツ(関西版)の一面コピーは本当に愛があって素敵だなぁ......

 

初日の前、阪急電車の窓から大劇場が見えた時、私はここに帰ってきたんだと思った。

言っておきますが私は東日本出身、ムラに来るのも年数回くらい、来たのも1年振りくらい。

 

 

それでも帰ってきたって思ってしまった。

お帰り宝塚、そしてただいま宝塚。

 

 

私は8月のチケットも持ってはいますが、現在の状況から次の公演は観れないかもしれないという覚悟で初日から1回1回観劇に挑んでいました。

終演後の挨拶でも千秋楽とは言わず、1週間後、2週間後もお元気で、という言葉にもしかしたら千秋楽を迎えられないかもしれないという思いが生徒にもあるんだなということと、上演に対して並々ならない覚悟を感じました。

今はただ花組公演が無事千秋楽まで上演出来ますよう、そして贔屓が健やかでいられるよう祈っています。

 

その覚悟を無駄にしないように、私は次の観劇に備え自粛と予防を徹底します。

 

*1:皆考えることは同じで市内のホテルの予約ほぼ当日で取れなくなっていた......

*2:※この挨拶は初日、2日目限定で3日目からはちゃんと花組トップ柚香光の挨拶になってましたw